ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

秋の日の音に想うこと

栗

ボトン

 

コロコロコロ…

 

夜、寝る前に外から音がした。秋になったから栗が落ちてきたのだ。その音は転がる音の見本のような音だった。本当にコロコロときれいな音だった。

 

秋は栗の転がる音と虫の音。運動会の賑やかな音も聞こえる。しかし、なぜだか音楽は聞こえてこない。聞こえてくるのはマイクを通しての司会進行の声だけ。運動会にしては少し寂しい。

 

苦情でもあったのだろうか。だとしたら僕は少し悲しい。年に一度くらいいいじゃないかと思う。

 

最近の傾向として、こういう苦情に対して少し敏感になりすぎていやしないかと思う。少数意見が尊重されすぎている。

 

マイノリティを排除せよということではない。尊重すべき意見とそうではない意見をしっかりと吟味する。その上で正しいと思った意見に対応する。これができていないように思う。

 

面倒だから言うこと聞いておくか、と対応すると相手は付け上がる。言うこと聞くのなら、どんどん言ってやれと見境がつかなくなる。言ったもん勝ち。

 

こういうタイプは話が通じない。そりゃ、そうさ。だって相手は僕が困る顔がみたいだけなのだから。その件について解決しようなんて気はさらさらないのだから。そうして自分が勝った気でいるのだ。

 

哀れんであげてください。人から「かわいそうに」なんて思われることほど惨めなものはないのだから。