ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

あいだに入る人

中間

僕はあいだに入る人がきらいだということに気づいた。昔からそうだったとは思うが、最近になって明確にそれに気付かされた。

 

仕事の依頼があったときに「資料を提出せよ」という申し出があった。だが、なんのためにそれが必要なのかがわからない。目的がわからないと、意味のない資料作りをすることになってしまう。「なんのために資料が必要なのでしょうか?」僕はそう問い返した。

 

「そんなことは知らねぇ。上から言われただけだから」

 

知らないというのは回答にはならない。それは僕の求めている答えではない。わからないのなら、上という者に問うてみればいいものの、それをするつもりはないらしい。

 

その資料を作るにしてもある程度の情報が必要だから情報提供するようにとお願いした。しかし、一週間経っても返事はない。再度、問い合わせた。

 

「上の者に聞いてるけど返事がないんだよね。だから待ちやがれ」

 

上が動かない。下が困っている。だったら、間の者はなにをすべきか。調整だ。下が困っているということを上に伝え、上に動いてもらうように動かないといけないのだ。しかし、それもするつもりはないらしい。

 

真ん中が邪魔なのだ。それがいなければ直接、上の者とやらにお願いできるものを。真ん中の者にも立場というのはあるだろうから、無視するわけにもいかない。右から左へただ受け渡すだけの役割は必要ない。むしろ効率が悪く邪魔だ。

 

同じ真ん中の立場でもすばらしい者もいる。僕はその人を通じて、あるモノを買った。その保守が切れるという連絡を受けた。

 

「アズさんにお買上げいただいたモノの保守が来年には切れます。次期バーションは、こうこうで、今年中に更新をすればお安くなります。最近ではこんな商品も出てきており、こちらもオススメです。ご検討下さい」

 

素晴らしい。こちらが求めている以上の情報を提供してくれて、しかも恩着せがましくない。間に入って中間マージンをとるからには、それなりの仕事をしなくてはいけない。この人はそれ以上のことをしてくれる。だから僕も頼りにしていて、できるだけこの人から買おうと思っている。魅力があれば自然とそこに集まるし、なければ人は見向きもしない。それは全てのできごとに当てはまることだ。僕はそのようになりたい。