ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

となりの男がしゃべらない

もののけ

「おはようございます」といったきり、今日一日、となりの男とは会話を交わすことはなかった。

 

会社で僕のとなりに座っている男の話である。

 

先月からさかのぼっての三か月、僕は今の部署を留守にしていて、遠く離れた別の場所で働いていた。このことはこのブログにも何度も書いたので知っている人は知っているし、知らない人は知らないだろう。

 

留守にしていた間、今僕のとなりに座っている同僚に仕事を任せていた。その仕事ぶりはどうであったか?たいした引継ぎもしていないのにこのくらいできれば上出来だろう。僕はその能力は評価している。

 

ただ、それは「はじめてにしては」という条件付き。できていない部分もたくさんある。それをここ数週間で僕が懸命に軌道修正している。

 

そんな僕の様子を気にするでもなく彼はマイペースに仕事をしている。彼から話しかけてくることはほぼない。

 

「わかってないところは沢山あるだろ?だったら質問してこいよ?」

 

と僕は内心イライラしている。

 

仕方がないので「ここはこうして、そこはああして」とアドバイスをするのだが、それに対しての報告というのは一切ない。できているのだか、いないのだかがわからない。やっぱり仕方がないので「できましたか?」と質問をすると「えぇ」とかえってくる。どこをどう修正したのか説明せぇよ?

 

また彼は午前と午後に必ず20分どこかへ行ってしまう。どこに行っているのだろうか?こわくて聞けない。こわい理由はいろいろあって簡単にいえば男は「不思議ちゃん」なのだ。行動に予測がつかない。

 

たんに休憩だとしてもその時間帯がおかしい昼休み明け30分後くらいからいなくなる。煙草を吸う人でもない。どこかでぼうっとしているのだろうか?それが彼のゆいいつの息抜きなのだろうか?だとすれば、それを問い詰めるのも申し訳ない。

 

そして驚くべきことは彼はいっさいの気配を消してしまえる人間なのだ。僕のとなりにいるはずなのに一切、人の気配を感じない。姿は見えるが気配はしない。こんな人間っているんだ。

 

最近、僕は思う。はたして彼は本当に人間なのだろうか?と。ひょっとして物の怪(もののけ)なのではないかと本気で勘繰っている。

 

となりから聞こえてくる音といえばキーボードを打つ音のみ。これはキーボードの特性なのだから仕方がない。人は動けばなんらかの音を発する。人がそこに存在していれば温度を感じる。彼にはそれがない。

 

人間の姿を維持するには時間的な制限があるのかもしれない。だからその時間になったら、ふといなくなる。誰もいないところで本来の姿に戻る。上唇を逆手でつかみ、そのまま人間の皮を剥ぐ。ゼィゼィと肩で大きく呼吸をし、それまでのなにかを一気に発散させる。

 

それに要する時間が20分。そう考えれば、彼の全てに納得がいく。