ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

見るたびに顔の印象が違う人

顔の印象が違う

「アズさんってみるたびに顔が違う」って言われることがあります。よく言われます。そんな人っていますよね。印象が薄いのとも違うし興味がないわけでもないし。だけども顔の印象が一定しない。

 

そもそも興味がない人であれば、印象が違うとか違わないとかそんなことさえも興味がないはず。だからそれなりに(普通程度に?)興味はあるが「うーん、この人こんなんだっけ?」といつも違和感を感じる。

 

僕の場合、メガネをかえたり、少し髪型を変えたりするだけで「別人みたい」といわれます。

 

どういうことなのでしょうねぇ?

 

こういうときはネットで調べてみます。するとヤフー知恵袋に同様の質問がありました。

 

それによると、顔の表情だけでなく雰囲気も時々で違うのだそうです。だから別人に見えると。感受性が強く、いろんなものを吸収しやすく、その影響を受けやすい性格らしいのです。

 

あぁ、これは僕には当てはまりませんね。感受性が強いなんてことはありません。「よそはよそ、うちはうち」という考えの人間なので他の影響は受けません。

 

でも、映画や小説を読んだ直後などはその世界に浸って、その世界の人物のひとりになった気になることはよくあります。それとてほんの一瞬。別の用事をしているころにはすでに抜け出しています。物語の世界に浸ることなんて誰にでもあることでしょう?

 

日によって違うといえば、このブログに関してもいえることがあります。これは書き方口調(そんな言葉あるのか!?)が記事ごとに違うということです。これは自覚あり。

 

ブログを書き始めた当初は書き方は統一しようと意識していたのですが、だんだんと苦痛になってきたんですね。無理が生じてきた。「こんな感じの記事を書くのにこの書き方口調は違和感があるなぁ」と思うようになってやめました。

 

どうして書き方口調を統一しようと思ったのかというと、それは小学校のころの教えに忠実に従っていたからなんですね。作文を書くときに「ですます調とである調を同時に使ってはいけません」と。

 

これを守らないと怒られましたね。今でもこんな教え方しているんですかね?僕にとってはルールに則った書き方なんてどうでもよくって、大切なのは「いかに気持ちよく文章が書けるか」が大事です。

 

そんな妙なルールを押し付けられた結果、僕は作文が大の苦手になりました。こんな僕が今ではブログを書いているんですからね。自由に気持ちよく書くことって大事です。

 

なんだか話がそれました。僕の印象が日々違うっていう話でしたね。ヤフー知恵袋の回答のひとつに「気分変調症では?」というものもありました。

 

気分変調症

現在では持続性抑うつ障害として知られる。うつ病と同様の認知的・身体的問題からなる気分障害の一種であり、より軽度ながらより長く持続する症状を伴う。

 

そうですか、病気ですか。最近はなんでもかんでも病気にしてしまう傾向がありますね。この考えだと人類のほぼすべての人は病気ってことになりますね。治療と称して、正体不明な薬を飲まされて「あぁ、僕は病気なんだ」って思わされて、ますます自分がよくわからなくなってしまう。

 

そんなのは嫌だから、僕は僕のままでいいんです。結局、よくわからない結論になりました。